BLESSING CHURCH INTERNATIONAL

『ファイナルファンタジーⅦ/アドベントチルドレン』
キネマな時間 ep.15

2020年6月30日

  みなさん、お久しぶりです!!\(^o^)/

  ご機嫌いかがでしょうか~~?
すっかりこのブログの更新を忘れていた
Blessing Churchの物忘れ担当のhiruneです(* ^ー゜)>テヘペロ

  久しぶりの映画に何を書こうかな~と迷っていましたが、今回はこれにしました!!!

『ファイナルファンタジーⅦ/アドベントチルドレン』(^o^)

『ファイナルファンタジーⅦ/アドベントチルドレン』

  初代プレーステーションのゲーム「ファイナルファンタジーⅦ」の続編であり、フルCGアニメです~
※以下ファイナルファンタジーをFFと略します

今となっては、CGのクオリティに少し微妙さを感じてしまいますが
(最近のFFのゲームや映画のCGは度肝を抜かれる美しさなので...)
この映画が発売された当時は、ここまでのCGを作れるのか...!?と、驚きを隠せませんでした 笑

  今年の始めにPS4でFFⅦのリメイクが作られたこともあり、
また以前からⅦには少しキリスト教の概念などから影響を受けている部分があるのでは?と感じていたので、今回はこの作品を紹介したいと思います~(^o^)
※以下、FFⅦのネタバレなどを少し含みます。

ファイナルファンタジーⅦ/アドベントチルドレン

  星を救う戦いから2年...
ミッドガルの街と人々の心に傷跡を残しながらも、世界は平和を取り戻し始めていました。

しかし、人々は治療法のない病「星痕症候群」に苦しめられていました。

  星痕は徐々に身体を蝕み、最終的に命を奪う病気でした。
2年前の戦いにより、地表に溢れだしたライフストリームの濃度が原因なのではないか、または星を巡るライフストリームに溶け込んだジェノバの遺伝思念によって発症するのでは...
など様々な憶測が飛び交いましたが
はっきりした発症原因はわかりませんでした。


  運び屋として仕事をしていたクラウドの元に、ある人物たちから仕事の依頼が来ます。

かつての戦いを引き起こした原因だと言っても過言ではない新羅カンパニー。
その社長ルーファウスと護衛特殊部隊でもあるタークスのメンバーからの依頼でした。

敵なのになぜか憎めない、タークスのルード(左)とレノ(右)


  ルーファウスたちは突如、ジェノバを母と呼ぶカダージュの一味に襲われたと言うのです。
カダージュたちの目的は、失われたジェノバの首を見つけ出すこと。そして星に復讐をすること...

星の災厄ジェノバを母と呼ぶ、ヤズー、カダージュ、ロッズ


  ルーファウスたちは、かつての惨劇をまた起こさないようにするためにカダージュたちを止めねばならない、その責任は自分たちが負わねばならないとクラウドに説明します。

  自分には関係のないことだとクラウドは断りますが、一緒に暮らしていた孤児のデンゼルや、街に住む星痕を持つ子どもたちがカダージュの一味に連れて行かれたことをきっかけに
彼らを追い、戦うことになります。


  はたしてクラウドは、カダージュたちを止め、再び惨劇が起こるのを防ぐことがてきるのでしょうか?

映画を観てみて

  なんと言ってもこの映画の見所は、全編を通しての美しいCGです(^o^)
あとは、ゲームのFFⅦをプレイした人たちにとっては、あの懐かしいキャラクターたちと再び会える感動が甦り、
そしてさらにゲームのその後のストーリーを知ることができる、という所です!!

懐かしいかつての仲間たち


  かつての戦いで仲間と共に星を救ったクラウドでしたが、今作ではいつも人と関わることを避け、孤独に生きています。
  それはあることが原因で、クラウドの中に葛藤が生じ、
またどこかではクラウド自身が諦めているためです。

  そこには、かつて星を救った英雄の姿はありません...
しかし、次第に仲間たちや子どもたちを通して、クラウドは前に進み、再び戦うことができるようになります(^o^)

 
  クラウドのように過去のことや、今現在のこと、色々なものがしがらみとなり自分を縛りつけてしまう...
その結果、自ら孤独を選び、その殻の中に閉じこもって生きるようになる。

  物語の主人公なのに、僕たちと何ら変わりない不器用で人間くさいクラウドに個人的には感情移入してしまいます 笑

  しかし、そんなクラウドは決して一人ではなく、支え助けてくれる仲間がいます。
強くて頼りがいがあるから支えてくれるのではなく、情けなくても弱くてもそんな自分を受け入れ隣にいてくれる、
そんな仲間がクラウドにはずっといるのです。

 
  ワクワクする激しいアクションシーンだけではなく、このクラウドの心模様も今作の魅力ではないかと思います(^o^)

  世間では不安になるようなことばかりが起きたりしますが、決して人は一人ではないことを教えてくれているような気もします~
そして、そんな仲間がいつでも立ち上がらせてくれるというメッセージも感じます(^o^)

 
  出だしで書いたキリスト教の概念などから少し影響を受けているのでは?と思った部分は、(あくまで個人的な意見です )
最後のシーンが洗礼っぽく見えることや、
この映画には出てきませんが、ゲームのFFⅦで語られた古代種と呼ばれる人たちが星の声を聞くことができる(星には全ての生命の源であるライフストリームが巡っている)、
つまりは生命の声を聞くことができる、

また、その古代種の人たちが祈りによって力を示すこと(ゲームのFFⅦでは、古代種の生き残りであるエアリスが星の破壊を防ぐため祈りました)、

祈るエアリス

  そして、教会という場所が重要な場所として描かれていることなどから、聖書やキリスト教の概念から影響を受けている部分があるのではないかな~?と思いました(^o^)

洗礼っぽくも見えなくもないシーン

ゲームに関心のない方も、アニメに関心がない方も一度ご覧になってみてはいかがでしょうか~~(^o^)

 
  それと、タイトルに使われている"アドベント"もキリスト教に関係する言葉です。
アドベントとは、イエス・キリストの誕生を待ち望むクリスマスまでの期間のことをいいます。
この映画においてはイエス・キリストは出てきませんが、誰が何を(誰を)待ち望んでいるのか~などなど、
考えながら観るのもいいかもしれませんね(≧▽≦)

  そんな風に色々考えて観ていると、きっとゲームのファイナルファンタジーがやりたくなってしまうこと間違いなしです 笑

 

  最後にこの記事を書いていて思いました...
主人公のクラウドの顔がはっきり見える写真撮ってない...(^o^)ヤッテモウタ

やっぱり出てくるあのキャラクター

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