♪Music Genre 音楽ジャンル

カントリーミュージックって?

沢山の音楽ジャンルがある中で、カントリーミュージックってなんだろう?って思ったことありませんか。
・カントリー?
・カントリーってどんな音楽?
・ギターで弾くイメージはあるけど…
そんな疑問やカントリーに対して興味のあるあなた!

ここでは、カントリーの歴史や音楽、カントリーミュージシャンについて分かりやすく紹介しています。あなたの知りたかったことがみつかるかも。

アメリカ南部と関係がある?!

カントリ―

カントリー音楽の歴史をたどって見てみると、アメリカ南部、特にその農業地帯に暮らした一般大衆の生活に根ざした音楽と言えます。
和声唱法の導入や新楽器の使用、アフリカ系住民の影響。アメリカ北部都市のポピュラー音楽の影響により、1920年代から後にカントリー音楽と総称されるポピュラー音楽が発展していきました。
しかし、年月が経つにつれ、全国的、さらには国際的に広まり、農場のみならず、都市や郊外で様々な生活をしている人々に語りかける音楽となりました。

歌詞にはストーリー性のあるものが多く、ほとんどの聴衆が興味を抱きやすい実生活を基にした物語が歌われています。
アメリカ文化や社会の一つの見方を聞き手に伝え、その意味ではアメリカのカントリー音楽は、ある種、国民生活の記録とも言えます。

歴史的にみると

歴史的経緯では、アメリカの社会構造の中で、カントリー音楽は当初から、つくり手も聞き手も文化的主流ではなかったことは明らかです。
商業的音楽ジャンルとして、農村部の人々の手によって、自分たちのための音楽として誕生したカントリー音楽。

その誕生から80年ほどの間に、聴衆層は大きく変化していきました。今日では、カントリー音楽は全国的に広まりました。都会人や郊外生活者も聴くようになり、もはや農業地帯や地方的なものではなくなりました。
カントリー音楽は、その歴史や起源から、労働者階級の人々や底辺に生きる人々の視点で、物事が捉えられていますが、歌詞を吟味すると、その冷笑は一方的ではないことが理解されます。

作り手はユーモアや挑戦的姿勢を頻繁に用いることで、侮辱をはぐらかし、やり返すような表現もあります。
カントリー音楽に頻繁に登場する農業生活への熱烈な賛辞にもかかわらず、南部の農業は、カントリーのレコードが初めて吹き込まれた〔第一次世界大戦後〕よりも、かなり前からその魅力を失い始めていました。

19世紀末、アメリカのすべての農業従事者が、社会全般から受けた軽視は、南部農民も味わいました。
彼らは、田舎者、田舎っぺ、田吾作、土百姓などと呼ばれていました。
南部では、ヒルビリーやレッドネックという言葉がその中に加わり、「小作人」まで軽蔑語となり次の世紀にしっかり受け継がれていきました。
カントリー音楽やその世界の人々に対する拒絶的な態度は、いまだに存在しているようです。

しかしこのことがかえって、カントリー音楽が実際には成長し広まっているという事実でもあり、さらなる謎として捉えられています。
社会経済階層において、中間層以下の出身ではないアメリカ人の中にも、周辺に追いやられた人々のこの音楽に目を開き、受け入れる人たちがいます。
このことから、彼らの疎外感や孤立感をうかがわせる何か、彼らが何かを失い求めていることがはっきりと伝わります。
宗教的テーマや、小さな町の価値観や生活の賛美とも言えます。

アイデンティティ形成の一つ

音楽はただの時間つぶしではなく、アイデンティティ形成の一つの道であるとも言われています。
注目すべきことは、これら労働者階級のカントリー音楽信奉者は、自分自身を土臭いもの、と自他ともに信じ込ませるべく励む点があります。
一般的に、こういった行為によってアイデンティティを再確認しています。
中には、初めて自分のアイデンティティを意識的に選択している、という場合もありえます。
育った環境への執着心や「カントリー気質」を奉じる彼らの強い意志は、最も注目される部分です。
カントリー音楽の起源や、南部農業地帯が歴史に耐えてきた偏見を考えるとき、そう感じずにはいられません。

いずれにしても、カントリー音楽には概して冷笑や虚無は見られません。
この点も、多様な人々の間で安定した人気を持続することにつながり、聴衆に安心感を与えるカントリー音楽の特徴の一つとなっています。

カントリー音楽とカントリー・アーティスト

多くのカントリー・アーティストが、絶大な人気や、高い知名度、否定し難い高度な技量に恵まれています。
それにもかかわらず、彼らは往々にして、風変わりなサブカルチャーに生きる者、とみなされていたようです。
そのために、他の少数派と同じく、カントリー・アーティストには人並以上の努力が必要でした。

カントリー音楽は、アメリカのラジオ局で最も広い支持を受け、最も裕福で、最も教育レベルの高い聴衆を引き付けていました。
1990年代の第1~3・四半期の音楽業界に見られるカントリー音楽の優勢は、アメリカ文化がますます伝統的な方向へ向かい、カントリー音楽文化が一層洗練されてきた証です。

これは、カントリー音楽を「伝統的」なものとする見方で、この「伝統的」という言葉は、昔から伝わる、慣れ親しんだものを指します。
カントリーの特徴を、”明瞭なメロディーライン、全体的に耳になじんだ楽器演奏、歌詞を著しく重視する傾向がある。”
これを漠然と「伝統的」と呼ぶのであれば、ふさわしい表現と言えます。
カントリーは幅広い聴衆を引き付ける、昔懐かしい文化的磁力を秘めたものとなります。

カントリー音楽の初期の作品には、泥臭さの残る、感情を揺さぶる力があったそうです。

カントリーのルーツ

カントリー音楽はいくつかの音楽要素が合わさり、熟成されることで徐々に発展していきました。
主要な音楽的影響の2つはヨーロッパからの入植者たちがもたらしたケルト音楽と、カウボーイの音楽と歌でした。

アパラチアの民俗音楽-18~19世紀のスコットランドとアイルランドからの移民たちが、アメリカ東部にもたらしたバラッドにルーツを持ちます。
この音楽は、ハーモニーを伴った歌声と、バンジョー、ギター、フィドル、マンドリンによる伴奏が特徴です。
これらの弦楽器は現在も、ほとんどのカントリー音楽の基礎となっています。

カウボーイ音楽-オットー・グレイ&オクラホマ・カウボーイズが、初のウェスタン・ミュージック・グループです。
当初のメンバーは実際のカウボーイでした、後にプロのミュージシャンと入れ替わりました。
彼らは、1911年に民謡収集家のジョン・ローマックスが『カウボーイの歌とフロンティアのバラッド』で採集したような伝承曲を歌っていました。

「カントリー音楽とは人びとの音楽である。(それは)現実の生活や真実についての実際を語るものである。」
カントリーシンガー、フェイス・ビル

初期カントリー音楽のスター

ジミー・ロジャーズ(Jimmie Rodgers)
彼はミシシッピ出身の鉄道員で、独特な歌唱法を発展させました。
ヨーデル(声を素早く裏声の音域へと裏返すこと)がトレードマーク。
ブルース、フォーク、カントリーを混ぜ合わせた彼のスタイルは、影響力がありました。
カントリー音楽の初期スーパースター達の中でも、「カントリー音楽の父」、「歌うブレーキ係」、「ブルーヨーデラー」などとも呼ばれています。
1960年代に入るとブルースでは生活できず、衣料品店を開いたりタクシー運転手をしながら過ごしました。
1968年にマーティン・ルーサー・キングが暗殺された時に起こった暴動で店が焼かれてしまい、1970年近くになり、シカゴにやって来たジョン・リトル・ジョンのバンドで演奏活動を再開しました。
何年も結核と戦った体は体力がおち、35歳の時、肺出血によりこの世を去りました。
代表曲「Blue Yodel No 1 (T for Texas)」「Waiting  For  a Train」「The  Singing Brakeman」

カーターファミリー(The Carter Family)
アメリカ白人バンドの元祖。アルヴィン・ブリザンド(A.P.)・デレーニー・カーター、妻のサラ、義妹のメイベルは、メイベルの画期的なギターの伴奏と精密なハーモニーを用いて、アメリカの伝承曲やゴスペルを歌いました。
1943年にグループは解散しましたが、メイベルは自分の娘たちとカーター・シスターズとして演奏を続け、1960年には、カーター・ファミリーとしての活動が再開されました。
1978年にメイベルが亡くなった後、カーター・ファミリーの活動は次世代とともに、1998年まで続けられました。
メイベル・カーター、彼女の独学によるギター・スタイルは、カントリー音楽の発展に大きな影響を与えました。
そのスタイルは、親指で低温の旋律を演奏している間、ほかの指で弦をかき鳴らすというもの。
彼女は全てのアメリカ白人のギタリストの、或いは白人のギター奏法の開祖として「ギターの母」として呼ばれていました。
代表曲「Bury Me Under the Weeping Willow」「Will the Circle Be Unbroken」「Wildwood Flower」「Keep On the Sunny Side」など数多い。

ジョン・マイケル・モンゴメリー(John Michael Montgomery)
彼の父もカントリー・ミュージシャンでした。家族でモンゴメリー一座としてバンドを形成していましたが17歳の時、弟とバンドを作ると言い張り、一座を離れました。
数年後、アーリー・ティズムという別のバンドを率いて、有名なクラブで演奏し売り込みに励んだそうです。
彼がビルボード・カントリー・チャートに登場したのは、1992年。当初は、容貌、服装、声が似ていることから、ガール・ブルックスのそっくりさんとしてデビューしました。
しかし、演奏経験を積むにつれ、モンゴメリーは独自のカントリー・スタイルを確立し、ナンバー・ワン・ヒットの連続で独自のファンを獲得していきました。
そのころには、ブルックスと比べる人はいなくなりました。
代表曲「I Swear 」「Be My Baby Tonight」「If You've Got Love」

ここで歌詞にキリスト教が関連している曲を紹介します。

カントリー・ミュージシャンの中にはクリスチャンもいて、歌詞を通して信仰を表現している曲もあります。

マルティナ・マクブライト(Martina McBride)「God's Will」です。
この曲は、純真さと愛の力が変化をもたらすストーリー・ソングです。題名には、二重の意味が込められています。
1つは男児の名前がwill(ウィル)であること。なぜか「神の」子と感じさせる子どもである。
もう1つは、コーラスの最終行で語り手が神の意思を知るに至ったと明かすように、神の意思(the will of God)の意味が含まれていること。
この歌の焦点は、ウィルと、彼を知った後の語り手に及ぼした影響にあります。
「God's Will」のアレンジや演奏は、真のカントリー対ナッシュビル・ポップスの問題を想起させます。ですが、神と家族を結びつけるこの歌の主題は、まさに真のカントリー音楽とよぶべきものと言えます。

彼女の歌には、女性の考え方や女性問題を取り上げている曲が多数あります。彼女は自分を「家族」と結びつけて考える、数多いカントリー・アーティストの1人に数えられています。
ホームページで、彼女の見解が明確にされています。また、彼女は神への信仰をはばからず公表しています。

まとめ

・アメリカ南部、特にその農業地帯に暮らした一般大衆の生活に根ざしていた音楽である。
・カントリーミュージックは、歌詞にはストーリー性のあるものが多いし、ほとんどの聴衆が興味を抱きやすい実生活を基にした物語が歌われている。
・アメリカ文化や社会の一つの見方を聞き手に伝えているので、その意味ではアメリカのカントリー音楽はある意味、国民生活の記録であると言える。
・カントリー音楽の起源や、南部農業地帯が歴史に耐えてきた偏見もあり、アイデンティティ形成の1つの道となっていた。
・カントリーアーティストの中には、風変わりなサブカルチャーに生きる者とみなされた人も多く、人並み以上の努力が必要だった。
・クリスチャンアーティストもおり、歌詞に証しや神さまに対しての感謝などが表されている。

*参考図書*
・ロバート・T・ロルフ『カントリー音楽のアメリカ:家族、階層、国、社会』、南雲堂フェニックス、2008年。
・『ニューグローブ世界音楽大事典』、講談社、1993年。
・『はじめての世界音楽—諸民族の伝統音楽からポップスまで』、音楽之友社、1999年。
・『カントリー・ミュージックの巨人①』、東亜音楽社、1996年。
・『カントリー・ミュージックの巨人②』、東亜音楽社、1996年。

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