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タップダンスとは?!

様々な映画やミュージカルなどで見かけるタップダンス(tap dance)
最近ではEXOのD.O.も映画でタップダンスをしていました。
とてもカッコイイし、楽しそうですよね!

ここではタップダンスについての豆知識を載せていきます。

タップダンスとは、「爪先と踵で床を打つことによって、リズム・パターンを響かせる舞台ダンス。」(ニューグローブ世界音楽大事典10 講談社)


タップダンス(アメリカンタップ)の起源は、諸説あり!


19世紀の中頃、南部の黒人たちによって生み出されたという説が濃厚です。

その黒人たちとは、18世紀初頭に奴隷としてアフリカから米国に連行されて来た方々の子孫であり、その多くはクリオール(黒人と白人のダブルもしくは、その子孫)と呼ばれる方々で、ジャズの歴史とも密接に関わっています。

また彼らは、其々の出身地域によって違いはあるものの、祖先伝来のリズムを持っていて、アフリカにいた頃からリズムに乗って仕事や宗教的な行事を行なっていました。

彼らは、奴隷として米国に連れてこられてからも、歌いながら仕事をし(ワークソング→ブルース)、キリスト教への改宗後も、歌いながらお祈り(スピリチュアルズ→ラグタイム)をしていました。タップはヴォーカルのダンス版であるとも言われています。



ジグやクロッグ・ダンスのステップから、あるいはミンストレル・ショーの黒人の模範において、19世紀中頃のアメリカやイギリスで発展しました。時には音楽の伴奏なしにステップだけが演じられたそうです。

1910年代には、フォックストロットなどの社交ダンスにおける新しいグライド・スタイル、シミーやその他の黒人ダンスにおける柔軟な上体の動きなどに影響を受けたと言われています。。20世紀の初頭にミュージック・ホールやヴォードビル劇場でよく演じられ、30年代から50年代にかけては、レヴュー、ミュージカル、映画などにおいて、普通はソロまたはコーラス・ラインの形で演じられました。

タップダンスの変形には、ミンストレル(minstrel)における黒人の「シャッフル」に由来する「ソフト・シュー」があります。これは金具の付かない革底の靴を用いて、より遅いテンポの踊りで、スタッカートで和音を奏する楽器や軽い音色の打楽器によってしばしば伴奏されました。

タップシューズは、黒人奴隷達が靴の裏に硬貨や木の板をつけてタップダンスを踊っていたそうです。時代が進み、金属の板が靴の裏に貼り付けられるようになって現代のタップシューズが出来上がっていきました。

BCI tap dance clubについて

初心者はもちろん!何年もやってきた上級者とも一緒に練習しています。
初級・中級・上級と個人差はありますが、同じステップを習い、それプラス各級ごとにステップを習っていきます。難しそうとかステップが覚えられなさそうという印象があると思います。ですが、1つ1つのステップを覚えて、出来るようになる嬉しさがあります!!
また、BCI MASS CHOIRともジョイントして発表もしています。

リーダーは、北浜ベースメントスタジオ出身。公演実績は、高槻ジャズストリートや梅田スノーマンフェスティバルなど多数!タイや韓国など海外公演も経験。エレキやベースとのセッションなど活動は多岐に渡り、振り付けも務める方です。
 

ところで、
キリスト教とダンスって関係があるの?という疑問が出てきませんか?

実は、キリスト教会はしばしば舞踊を弾圧していました。中世時代そのものの性格に起因しており、キリスト教の舞踊観の影響も見逃せない大きなものでした。
最初期のキリスト教徒たちが踊りながら賛歌や聖歌を歌っていたころから、ローマ=カトリック教会は、リズムをもつ芸術-詩と音楽とダンス―をしだいに分離させていきました。
教会は依然として音楽を認めていたが、踊り手たちが起こすもめごとを理由に、徐々に劇場からダンスを排除していきました。
554年にはキルベルト一世が、祝祭日と日曜のダンスを禁ずる勅令を発布しています。

しかし、ユダヤ教やその他の異教徒の影響を受けた初期のキリスト教会は舞踊を奨励し、神聖な舞踊を教会の宗教儀式に採用していました。
12世紀から14世紀までは、ダンスは音楽とならんで、騎士と貴婦人がたしなむべき芸術のひとつとされていました。
ですが、宗教改革と、トリエント公会議後の反宗教改革の勢力のあいだで、ダンスは再び議論の的になりました。反対派は、ダンスを異教徒の行為とみなす伝統を論拠としました。

キリスト教会の最初の頌歌と知られる受難舞踊劇はギリシア舞踊の形式に従い、会堂内で輪舞の形で演じられ、こうしたことが、初期のキリスト教における教会生活の結合、および宗教的感情の醸成に大いに役立ったそうです。

封建制度下のあった庶民の唯一の娯楽である舞踊を禁止することが、教区生活の結束を著しく阻害すると判断した地方の教会では、この決議を教会内のみとしたところもありました。

庶民の最も強い抵抗の例はフランスで起こりました。17世紀末に至るまで、フランスのリモージュの民衆は、復活祭前の聖週間にサンーレオナール教会に集い、聖歌を伴奏に輪舞を踊ったという記録が残されています。こうしたフランスでも、ローマ教皇庁の圧力を受けたパリ教会の強い干渉により、1667年、教会内の神聖舞踊に終止符が打たれました。

キリスト教とダンス、関係が無さそうでこういった歴史がありました。

今では賛美歌やCCMなどに、ダンスをつけて賛美するチームもあります。また、子どもの礼拝では、賛美に振り付けをし、踊りながら楽しく賛美しています。

 

 

*参考図書*
・『ニューグローブ世界音楽大事典10』、講談社、1994年。
・『ダンスと音楽 躍動のヨーロッパ音楽文化誌』、ARTES、2017年。

*参考Webページ*
・TAPmediaタップダンスを日本に広める。<http://rakusuru1021.com/post-477/>(2018.10.1)

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